私は、料亭を経営してきましたが、これまで一緒に手伝ってきた長男に私の全財産を譲りたいと思っています。他の兄弟姉妹は、二男と長女、二女がいますが、二男には大学を卒業させ、結婚の時に家を建ててやっていますし、長女、二女をそれぞれ嫁に出すとき、相当の結婚支度をしてやりました。
 私が死んだ後、兄弟姉妹で相続権の争いがおきると、五代続いてきたこの料亭はつぶれてしまうかもしれないと思うと、最近眠れない日々を過ごしています。何か良い知恵はありませんでしょうか。


 あなたが、自分の死亡後の法律関係の不安を解消しようと思うのならば、遺言という制度を利用するとよいでしょう。
 すなわち、あなたの全財産を長男に相続させるという遺言書を作成するのです。
 遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生じます(民法985条)から、遺言の内容や効力が問題となったときには、遺言者の真意を確かめることができません。そこで、遺言には厳格な方式に合致しないものは無効とされています(民法960条)。
 遺言の普通方式には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言があります。自筆証書遺言は、遺言書の作成を秘密にできますが、「その全文、日附及び氏名を自署し、これに印をおさなければならない」となっています(民法968条)。従って、ワープロによる遺言、録音テープによる遺言、他人に代書させた遺言は、すべて無効です。日附や氏名も自分で書かなければ無効となります。
 秘密証書遺言は、遺言の内容を記載した書面を作成して、それに署名捺印し、その書面を封入し、書面に用いた印章で封印し、それを公証人と証人2人以上の前に封書を提出して、自分の遺言書であること、その住所氏名を述べれば、公証人が手続きをしてくれます。遺言の内容をワープロによってもかまいませんが、氏名は自分で書き印を押さなければなりません。
 公正証書遺言は、公証人役場で証人2人以上の立会のうえ、遺言者が遺言の趣旨を公証人に述べて作成しますので、後日の紛争防止や遺言書の保管の点から確実、安全です。
 以上3つの遺言方式のうち、私はあなたに公正証書遺言をおすすめします。遺言の効力が無効だとか、後日の紛争が起きることがありませんし、その際、遺言内容どおりに遺言執行をする人として弁護士を遺言執行者に指定しておくと、死後のあなたの遺産関係の処理は、その弁護士がしますので安心です。
 次に、あなたのすることは、長男以外の子供達に遺留分の放棄の手続きをさせることです。長男に全財産を相続させるという遺言をしますと、それは、長男以外の兄弟姉妹の遺留分を侵害するおそれがあります。相続人のために遺産の一定割合は処分出来ないことになっていますが、これを遺留分といいます。そこで、長男以外の子供達に、予めあなたが生きておられる間に遺留分の放棄をさせておくと、あなたの亡くなられた後、長男が他の兄弟姉妹から遺留分減殺請求を受けたりして紛争が起きるのを予防できます。その手続きは、長男以外の子供達が家庭裁判所へ遺留分放棄の許可を求めることによってできます(民法1043条)。あなたの場合、二男や長女、二女に生前に財産を譲渡していますので、彼らには遺留分相当の財産が分与されていると思われますので、家庭裁判所は、その許可を与えるでしょう。


 父の死後、書斎の机を整理していたら、遺言書と書いた白い封筒をみつけました。
 そこで、私は、それを開封しましたところ、その遺言書には全財産を私に相続させると書いてありました。私の外3人の相続人は、私が父の遺言書を勝手に開封したのだから、その遺言書は無効だと主張しています。法的に私は父の遺産を相続出来なくなってしまうのでしょうか。


 遺言書に封印をしてある場合には、相続人またはその代理人の立会のうえで、家庭裁判所で開封をしなければならないことになっています(民法1004条3項)。
 従って、あなたがこのような法的手続をとらずに開封したことはいけないことで、5万円以下の過料に処せられます(民法第1005条)。
 そしてさらに、遺言書の保管者は、家庭裁判所に遺言書の検認請求をしなければなりません(民法第1004条1項)。遺言書の保管者がいない場合には、遺言書を発見した相続人が検認請求をしなければならないことになっていますので、あなたがこの手続きをするべきです。
 遺言書の検認というのは、遺言書に封がしてあったか、遺言書がどういう用紙に、何枚にわたってかかれているか、ボールペンあるいは毛筆などで書かれているか、どんな内容のことが書かれているか、日附はどうなっているか署名や印はどうなっているか等を記録し、検認調書を作成します。これによって、この遺言書を偽造したり、変造したり出来ないようにするのです。検認は、偽造・変造を防ぐ手段ですので、それらのおそれのない公正証書遺言にはその必要はありません。これに反し、自筆証書遺言は勿論、秘密証書遺言も検認は必要です。
 家庭裁判所で相続人が立会って検認した際、その遺言書についてある相続人は父親の筆跡でないと陳述し、他の相続人は父親の筆跡であると陳述し、それら陳述要旨を検認調書に記載することがあります。そこで、家庭裁判所で検認をうけているから、その遺言は有効だと主張する相続人がままあります。しかし、検認をうけたからといって、遺言が有効になるものでもありません。検認と遺言の有効・無効は関係がありません。
 たとえば、検認した遺言書に日附の記載がなければ、その遺言は無効です。また、検認の際、ある相続人が父の筆跡でないから無効であると主張していても、鑑定で自筆であることが証明されれば、その遺言は有効です。
 ところで、あなたが開封した遺言が公正証書遺言ではなく、自筆証書遺言や秘密証書遺言であった場合、あなたはこの検認手続きを怠ったことになります。それで、5万円以下の過料に処せられます(民法第1005条)。
 しかし、あなたが、遺言書を勝手に開封したり、検認を経ないで遺言を実行したとしても、過料には処せられますが、遺言の効力には影響がありませんので、あなたは他の相続人の遺言書の無効の主張に対抗することが出来ます。


 私は、美容業をして10年になりますが、店は私の所有ですが、その敷地は父の名義となっていました。ところで、先日父が病気で亡くなりました。私には兄が1人おり、父の相続人は兄と私の2人だけです。
 ところが、最近、兄が亡父の唯一の遺産である土地を勝手に自分名義に単独相続登記をしたうえで第三者に売却してしまいました。
 そこで、買主から私に、美容の店を立退くように要求してきたのですが、どうしたらよいでしょうか。


 相続が開始して、遺産分割が完了するまでの間、遺産は共同相続人の共有状態であります。従って、あなたの父親が亡くなった時点で、遺産の土地は、あなたと兄さんがそれぞれ2分の1の割合で共有持分を有しています。
 ところが、兄さんが単独相続登記をして自分の名義にしたというのですから、兄さんが遺産分割協議書などを偽造して登記してしまったものと思われます。
 しかし、兄さんは、あなたが有する2分の1の共有持分については全く無権利者でありますから、あなたに無断であなたの持分を処分できません。従って、第三者が無権利者の兄さんから登記簿の名義を信頼して買受けたとしても、全部につき権利を取得できないのです。この場合、兄さんの共有持分2分の1の範囲での売却は有効となりますが、あなたの共有持分2分の1の範囲での売却は無効です。
 そこで、土地の買主に対して、あなたは自分の持分2分の1の共有持分につき、売却は無効であると主張して立退要求に対処して下さい。買主がそれではこの土地を買った目的を達成できないというのであれば、兄さんとの売買契約を解除することになります。そうすれば、相続開始時点のあなたと兄さんとの共有状態に戻りますので、2人で正式に遺産分割協議をすればよいでしょう。
 あなたがた2人で遺産分割協議が出来ないときは、家庭裁判所に分割の請求をし、調停または審判の手続きによって分割してもらうとよいでしょう(民法第907条2項)。
 家庭裁判所での調停は、原則として裁判官1名と調停委員2名以上で組織する調停委員会が行います。非公開で堅苦しくならないような雰囲気で、十分話合いがおこなわれるよう配慮されています。
 調停申立をしたのち、調停が成立するまでの間に、兄さんがまた全遺産を処分するおそれがある場合には、調停前の仮処分をしてもらって、処分を禁止しておく必要があるでしょう。
 遺産分割の基準は、「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情」考慮するとなっていますが(民法第906条)、あなたの場合、10年もこの土地上で美容院を経営してきたことから、土地を分割することは困難でしょうから、あなたが土地全部を相続するという方向が望ましいでしょう。その代わり、兄さんに対し、共有持分2分の1に相当する土地代金を現金で配分するというのが現実的な解決策といえます。
 調停が成立しますと、その合意事項を調書に記載します。この調書は確定判決と同一の効力を生じます(家事審判法21条)。
 調停調書で、あなたがこの土地の全部を相続するという内容であれば、これに基づき、あなたは単独相続登記をして下さい。ここまでしておけば、後日、美容院を立退けと誰からも要求されるおそれはありません。


 私は、そば屋を経営している友人からそば屋の店舗とその敷地を買ってほしいと頼まれ、それら不動産を購入し、その代金を支払いました。
 ところが、その所有権移転登記をすまさないうちに、その友人が事故で亡くなってしまいました。そこで、私は友人の共同相続人である奥さんと子供さん2人に対し、所有権移転登記をしてもらいたいと催促しましたが応じてくれません。
 また、この共同相続人は、これらの不動産を相続したとして、不動産業者に売る話があると聞いています。  私としてはどのように対処すればよいでしょうか。


 あなたは、友人との間で、不動産売買契約をし、その代金も支払ったのですから、これら不動産の所有権はあなたに移転しています。従って、友人はあなたに対し、これら不動産につき所有権移転登記手続きをなす義務を負っていました。
 ところで、その友人が死亡すると、共同相続人は、その友人が死亡時に有していた権利義務一切を相続しますので、あなたに対する不動産の所有権移転登記手続きをなす義務を承継することになります。
 従って、あなたは友人の共同相続人を相手として、不動産につき所有権移転登記手続を求めることができます。
 ところが、友人の共同相続人が、あなたにこれら不動産の所有権が移転されていることを知らずに(あなたと友人との間の売買契約をしらないことがあります)、相続登記をして不動産業者に売ってしまい所有権移転登記をしてしまった場合には、あなたの立場は不利です。
 これにつき、大審院の大正15年2月1日民事連合部判決で、相続人から不動産を譲受けた第二の買主も、民法177条にいう第三者にあたり、第二の買主が登記をしたならば、それより前に被相続人から同一不動産の譲渡を受け登記をしていない第一の買主に優先するという立場を明らかにしました。最高裁判所もこの立場を踏襲しています。
 従って、被相続人であるあなたの友人が、第一買主のあなたに不動産を譲渡し、まだ登記をしないでいるうちに、その友人が死亡して、共同相続人が相続登記をして、これを第二の買主である不動産業者に譲渡し登記をすませてしまった場合には、第一買主のあなたは、第二買主の不動産業者に対し、自己の所有権の取得を対抗できないことになって、不動産会社名義になっている登記を抹消せよという請求は出来ません。
 ただ、不動産業者が悪質で、友人からあなたがこれら不動産を取得したことを十分知っていて、たまたまあなたに登記されていないことに乗じて、社会通念上とうてい許されない方法で共同相続人から譲渡を受けた場合には、不動産業者は背信的悪意者とされ、民法177条の第三者として保護を受けられません。
 従って、このような例外的な場合には、あなたは不動産業者に対し、その登記の抹消を求め、不動産の引渡も求めることができます。
 もっとも、あなたは、友人の共同相続人らに対し、友人に支払った代金を不当利得として返還を求めることは出来ます。また、友人との売買契約が履行不能となったのですから、債務不履行を理由に契約を解除して、損害賠償を請求することもできます。