印刷会社を経営していた父が最近死亡しました。法定相続人は母と私たち子供2人です。商売については、家族は全く関与していませんでしたので、私達は亡父の相続財産がどんなものであるかわかりません。  相続財産には、どのようなものが含まれるのでしょうか。


 民法第896条で「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定めています。従って、あなたの父親の財産に属している一切の権利義務をあなた方相続人が包括承継します。ただし、被相続人の一身専属的権利義務は承継されません。
 相続財産には、積極財産(プラス財産)ばかりでなく、消極財産(マイナス財産)も含まれます。積極財産だけを相続して消極財産は相続しないという、そういう勝手なことは許されません。父親の商売に関与していなかったら、いくら買掛金や借金があるかわからないから、相続するについて不安だと思われたら、相続放棄なり限定承認の制度を利用して債務を免れることは可能です。
 積極財産は、土地・建物などの不動産、家財道具などの動産、預金・電話加入権・売掛金・賃金などの債権等があります。
 次に、特殊な財産について説明します。
(1) 系譜(先祖代々の系図を示す書類)、祭具(祖先の祭祀・礼拝の用に供せられるものをいい、位牌・仏壇などがその例です)及び墳墓(遺体・遺骨を葬ってある設備をいい、墓石・埋棺・霊屋などがその例です)は相続財産にはいりません。これらは、被相続人が指定した人か、習慣に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継します(民法897条)。
(2) 生命保険金
 生命保険金には、相続財産に含まれるものと、相続財産には含まれないものの2種類があります。
 (イ) 死亡者本人が、自己を被保険者および受取人とする保険契約をしていた場合には、保険金請求権は、相続財産に含まれます。
 (ロ) 死亡者本人が、自己を被保険者とし、特定の相続人を受取人とした場合には、その特定の相続人が直接に保険金請求権を取得し、固有財産となり相続財産に属しません(通説・判例)。
 (ハ) 死亡者本人が、自己を被保険者とし、受取人を単に「相続人」とのみ表示したり、「被保険者またはその死亡の場合は相続人」と表示している場合には、被保険者の死亡のさいの相続人の固有財産となり、相続財産に属しません(通説・判例)。
(3) 死亡退職金
 死亡退職金は、法律により明らかに受給権者の範囲・順位は相続法のそれと異なっておりますので、相続財産に属さず、受給権者に固有の権利として与えられます(多数説)。私企業における死亡退職金は、就業規則などで受給権者の範囲・順位が相続法のそれと無関係に定められている場合が多く、このような場合には、やはり相続財産に属さず、固有の権利と解釈されています。
(4) 遺族年金
 遺族年金(厚生年金法・国家公務員等共済組合法に基づく)は、その制度の趣旨からいっても、また、民法の相続とは別の基準で受給権者の範囲・順位が定められていることからいっても、特別法によって受給権者にあたえられた固有の権利です(通説)。従って、相続財産には含まれません。
(5) 損害賠償請求権
 あなたの父親が仮に交通事故によって死亡されたとしますと、加害者に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を取得しますが、財産上の損害であろうと精神的損害(慰謝料)であろうと、それを当然に相続します。従って、損害賠償請求権は相続財産に含まれます(通説・判例)。
(6) 身元保証債務
 あなたの父親が、親友Aさんの長男B君がC社に就職するにあたって、身元保証人になっていた場合、身元保証債務をあなたがた相続人が相続して、C社からB君への損害賠償請求について、保証人としての責任を負うかの問題です。
 判例は、身元保証債務は、保証人の死亡によって消滅し、相続人はこれを承継しないとしています。


 自動車の修理販売業を経営していた父が死亡しました。
 相続人は長男の私と、長女、次女、弟の4人です。
 ところで、私が高校の頃は、父の仕事が順調ではなかったので、私は高校を卒業してすぐ父の仕事を手伝い、今日に至っております。私が父の手伝いをするようになってから商売がうまくいき出し、妹を短大、弟を4年制大学とそれぞれ卒業させることができました。また、弟が所帯を持つとき、父が資金を出して土地を買って弟にやっております。なお、長女は嫁にいくとき、父から結婚支度金を出してもらっています。
 こういう場合、父が残した財産を兄弟姉妹が平等に分けるとしたら、私には不公平に思われます。遺産をどのように分配すればよろしいでしょうか。


 被相続人から生前に遺贈を受けたり、贈与を受けたりした相続人がいる場合には、これを無視して残った遺産だけを公平に分配すると遺贈や贈与を受けていない相続人には不公平な結果になってしまいます。そこで、民法では、共同相続人中に被相続人から遺贈を受けたり、または婚姻・養子縁組若しくは生計の資本として贈与が受けた者があるときは、それは相続分の前渡しを受けたものとして、その者の相続分を減らすことにしております(民法第903条)。この遺贈を受けた者や生前贈与を受けた者を「特別受益者」といいます。
 特別受益の範囲は、遺贈と婚姻・養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与に限られています。被相続人の通常の意思を推測すれば、小額の贈与は特別受益とみる必要がなく、すべての贈与を特別受益とみることは煩瑣であるからです。
 そこで、長女の婚姻のための贈与として持参金、嫁入道具を父親が出していれば、これは特別受益となります。また、妹の短大、弟の4年制大学の学資は生計の資本としての贈与にあたると解されます。一般的にいって、高等学校教育が義務教育に準じたものとなっている現在においては、高等学校までの学資は、生計の資本に該当しないものとされています。さらに、弟が世帯を持つときに買ってあげた土地あるいは土地代金は、生計の資本に該当します。
 次に、特別受益者の相続分の算定方式ですが、@被相続人が相続開始の時に有した財産の価額に、贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし(これをみなし財産といいます)、A指定または法定相続分率を乗じて、共同相続人の相続分を算出する(これを本来の相続分といいます)、Bこの本来の相続分から特別受益となる遺贈・贈与の価額を控除した残額をもって、特別受益者の相続分とします(これを具体的相続分といいます)。
 特別受益額が本来の相続分より少ない場合には、その差額が特別受益者の相続分額となりますし、特別受益額が本来の相続分と等しい場合またはこえる場合には、特別受益者の相続分はゼロとなります。しかし、その超過額は返還しなくてもよいことになっています。
 特別受益となる受贈財産の評価の時期については、相続開始時説が多数説です。贈与の目的ため受贈財産が受贈者の行為によって滅失し、またはその価額の増減があった場合には、その受贈財産が、相続当時現状のままで存在するものとみなして、これを相続開始時で評価します。受贈財産の滅失とは、焼失、破壊などのごとき事実行為による物理的な滅失と、贈与・売買などのごとき法律行為による経済的な滅失とを含みます。たとえば、弟さんが父親から当時1000万円の土地を贈与してもらい、3000万円で売却して金銭に換えたとしますと、その不動産がなお贈与時の状態のまま存在するものと仮定して、相続開始時の価額が6000万円に評価されておれば、その贈与は6000万円とされます。金銭で1000万円を贈与された場合、物価指数にしたがって相続開始時の金額に評価換をすべきでしょう。
 以上のような特別受益として相続分を修正するのと同様の制度として、寄与分の制度があります。これは、共同相続人中に被相続人の財産の維持または形成に特別の寄与・貢献をしたものがある場合に、これを相続分の算定に際して考慮する制度です(民法第904条の2)。
 寄与分の内容は、被相続人の事業に関する労務の提供または財産の給付、被相続人の療養看護その他の方法によるものであることが必要です。労務の提供は、被相続人の事業に関してなされたものでなければなりません。あなた高校卒業後父親の自動車修理・販売業を手伝ってきたとのことですので「労務の提供」に該当します。ただ、労務の提供は、原則として無償であることを要しますので、労務の提供に対する対価として給料をもらっていた場合には寄与分とはなりません。また、被相続人である父親の事業が経営不振となったため、その借金をあなたが返済したとか、父親の工場の増改築資金をあなたが提供したとかで、被相続人の事業に関する財産上の給付をした場合は寄与分となります。さらにまた、あなたが父親の療養看護をして付添人などの費用の支出を免れ、財産が維持されたというような比較的大きな貢献をした場合も寄与分が認められます。
 寄与分が定められた場合における相続分の算定については、被相続人が相続開始時において有した財産の価額から寄与分を控除したものを相続財産とみなし、民法900条から902条までの規定によって算出した相続分に寄与分を加えた額をもって、寄与相続人の相続分とします。
 寄与分の制度は、共同相続人の間の実質的衡平をはかるものですが、寄与相続人は、自己の特別の寄与を主張しなければ寄与分を受けることが出来ませんので、あなたは、これを主張し共同相続人で協議するか、協議が調わないときは家庭裁判所に調停・審判の申立をして下さい。


 プロパンガス等の販売業を経営していた夫が突然死亡しました。店舗も兼ねた住宅に私と子供3人が住んでいます。他に不動産の少しはありますし、預金なども残っていますが、借金もかなりあるようです。私たち親子は、相続放棄をしてこの家を立ち退かなければならないのでしょうか。せめて、この家だけ残して今後も住まいをしていく方法はないものでしょうか。


 相続した場合、積極財産ばかりでなく消極財産も承継しますので、相続人は債務を弁済しなければなりません。そこで、相続人が積極財産を上廻る債務を免れる方法として、相続放棄と限定承認の2つの制度があります。  相続放棄の方法・手続ですが、相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければなりません(民法938条)。世間では、共同相続人の間で相続放棄の書面をとりかわしたり、特別受益証明書に署名押印して、これでこと足りるとしていることがよくみられる光景ですが、これら書面は法的に相続放棄の効力は生じません。  相続放棄は、3か月の熟慮期間内にしなければなりませんし、相続開始後でなければこれをすることができません。被相続人の死亡前に推定相続人に相続放棄をさせたという事例を耳にすることがありますが、これは法的に相続放棄の効力は生じません。つまり、相続放棄は、自己のために相続開始を知ったときから3か月以内にしなければなりません。  相続放棄の効果は、相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。従って、相続放棄した者を共同相続人の数に入れないで、相続分を算定すればよいのです。例えば、子供さんの1人が相続放棄した場合、相続人はあなたと子供2人として相続分を算定します。  仮に、あなたと子供3人全員が相続を放棄した場合、子供らの子(被相続人の孫)は相続するでしょうか。法は相続放棄を代襲原因としていませんので、第1順位のあなたや子供ら全員が相続放棄した場合、被相続人の孫らは世襲相続しません。この場合第2順位の兄弟姉妹が相続人となります。  以上のように、あなたや子供3人全員が相続放棄した場合、借金は相続しませんが、積極財産も相続しません。従って、あなた方の住んでいる家は、債権者への弁済に充当しなければなりませんので立ち退かなければならないでしょう。  次に、限定承認の制度ですが、限定承認は、相続人が相続によって得た積極財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済するという保留つきで、相続を承認する制度です。  限度承認が活用されるのは、積極財産が多いのか、あるいは消極財産が多いのか明らかでない場合です。一般的に、相続財産が積極財産のみであるとか、または、積極財産が消極財産よりも多いことが明らかである場合には単純承認をしますし、それとは逆に、相続財産が消極財産のみであるとか、または、消極財産が積極財産よりも多いことが明らかである場合には、相続放棄をすればよいのです。あなたの場合、ご主人の事業にあまり関与しておられなくて、プラス財産が多いのかマイナス財産が多いのかわからないというのであれば、限定承認をすればよいと思われます。そして、この場合、積極財産を相続しますので、積極税産で消極財産を弁済してしまって家が残る場合、あなた方親子はそのままそこに住まいすることも可能となってきます。  限定承認の方法・手続ですが、相続の放棄と同様に3か月の熟慮期間内に家庭裁判所に申述しなければなりません(民法924条)。共同相続人がいる場合には、全員共同で限定承認しなければならないことになっています(民法923条)。従って、共同相続人中誰かが反対すれば、この制度を利用できません。  限定承認の効果は、前述しましたように相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務および遺贈を弁済すればよいのです。相続によって得た財産が債務および遺贈を完済するのに不足している場合でも、その不足分を相続人が自己の固有の財産をもって弁済する責任を負う必要がないのです。  限定承認をしますと、弁済するのに相続財産を売却する必要があるときは、原則として競売によることになっています(民法932条)。ただ、限定承認者が相続財産の全部または一部を自己の手元にとどめたいと思う場合には、自己の固有財産から弁済して、競売の差止を認めていますので、あなた方が、どうしても現在住んでいる家を手離したくないと思われたら、この競売差止権を行使して競売を免れる方法があります。