抵当権と賃借権


当社(X)は取引先(A社)所有の建物に抵当権を設定しました。ところがA社は、その後、建物をY社に賃貸して収益を得ています。当社はA社またはY社に文句を言えないでしょうか。


1.抵当権は、目的物の有する担保価値(交換価値)を把握する権利であって、目的物の用益に干渉しないものです。従って、抵当権が設定された後において、所有者が目的物を第三者に賃貸することは一応自由です。抵当権者はこれを阻止することはできません。しかし、抵当権が実行され、目的物が競売されるときは、競落人は抵当権設定当時における状態で、目的物を全部的に取得します。従って、抵当権が設定された後に設定された賃貸借関係は、原則として、覆滅されて競落人に対抗できないものとなります。貴社はA社に対して、Y社にその建物を賃借したことにつき文句を言えません。しかし、貴社が抵当権を実行した場合は、Y社の賃借権を無視することができます。これらが原則です。
2.上記原則によりますと、利用者の地位は甚だしく不安であり、抵当不動産の利用は事実上大いに制約されます。そこで、民法が抵当権設定後に締結された短期賃貸借をとくに保護し、これをもって競落人に対抗できるとしたのは、この弊害を軽減しようとする目的からです(民法395条)。抵当権を設定された後に賃借権が設定されますと、抵当不動産の価値は設定当時の評価額より低くなりますから、抵当権者にとって不利益となりますが、競落人の所有に帰してからも存続する賃借権の内容が合理的なものであれば、価値権と利用権の調和という理想のために、抵当権者もその不利益を忍ばなければならないのです。短期賃貸借の保護を受けるためには、いくつかの要件をみたすことが必要です。
(1)民法602条の定める期間を越えない期間の定めのあること  建物の場合は3年と定められています。Y社の賃借権が3年の期間を越えない場合には、貴社が抵当権を実行されても、競落人はその期間は、Y社の賃借権を認めざるを得ないことになります。3年を越えた賃借権については、判例は、3年以内の賃借権としての効力を認めるのではなく、一切抵当権者に対抗しえないものとしています(最判昭36・6・23民集15・6・1680、土地の賃貸借につき最判昭38・9・1 民集17・8・955)。
 問題は、期間の定めのない賃貸借の場合です。これについては学説が分かれ、一方でおよそ民法395条の適用を排除し、賃貸借を保護しないとする説があり、他方で、期間の定めない賃貸借はいつでも解約できる(民法617条)から民法395条をそのまま適用するという両説がありますが、判例は中間説をとり、民法395条の適用を認め、解除事由たる正当の事由の判断に当たって抵当権に対抗しうるものであることをも考慮すべしといっています(最判昭39・6・19民集18・5・795)。 (2)賃貸借の登記があることX
 Y社は賃貸借につき登記を必要とします(民法395条本文)。
 但し、借家法1条は、引渡しを建物賃貸借の対抗要件としていますので、登記がなくてもY社が建物の引渡しを受けていれば、Y社は賃貸借を抵当権者に主張できます(大判12・7・9民集16・1162、大判昭12・7・10民集16・1209)。
 問題は、登記は仮登記でもよいかということです。仮登記をする場合の多くは、抵当不動産の所有者の負担する債務の不履行の場合に行使しうる賃貸借設定請求権(不登2条の2の1項)ないしは、右の債務の不履行を停止条件とする賃貸借設定請求権(不登2条の2の2項)の保全として行われます。判例は、仮登記でも抵当権者に対抗する要件を備えるものとし、その反面、仮登記を備えるのも、その内容が抵当権を害するときは、解除請求ができるものとしています(大判昭10・4・25民693頁、大判昭12・6・14民826頁など)。
(3)A社・Y社間の賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすものでないことが必要です。もし、賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすときには、抵当権者の請求により裁判所は賃貸借の解除を命ずることができます(民法395条但書)。抵当不動産の上に競落人に対抗することのできる賃貸借が成立したために、競売価格が低下し、抵当権者が被担保債権の弁済として取得しうる額が減少することが、要するに抵当権者に損害を及ぼすということです。その他賃貸借の内容は、重要な意味をもちます。具体的には、判例上、賃料前払済みの賃借権設定登記があるときに、抵当権者に損害を及ぼすものと認定された事例が多くあります(大判大正7・9・27新聞1488・24、同昭11・9・30新聞4048・17最判昭34・12・25民集13・13・1659)。
 A社・Y社間の短期賃借によって、競売価格が低下し、貴社の債権回収額が減少する場合には、A社とY社とを共同被告として賃借権契約の解除を求める訴えを裁判所にすることができます。