抵当権の物上代位


A社が倒産し、その直後A社の工場建物が全焼しました。当社(X)は、約2年前に同工場建物に順位1番、極度額3000万円の根抵当権を設定済でした。そこで、X社は、根抵当権の物上代位に基づき、同建物の火災保険請求権3000万円を差し押さえたところ、この保険金に、約1年前にY銀行が極限額1000万円の根質権を設定してありました。当社は、Y銀行に優先して保険金から債権回収が出来ますか。


1.抵当権は、目的物の交換価値を把握し、これを優先弁済に充てる権利ですから、目的物が何等かの理由でその交換価値を具体化したときは、抵当権は、その具体化された交換価値(代位物)の上に効力を及ぼします。これを抵当権の物上代位性と呼んでいます。
 例えば、抵当不動産の「賃貸」によって生ずる賃料や滅失または毀損によって抵当不動産の所有者が第三者に対して損害賠償請求権を取得するときはこの損害賠償請求権も物上代位物となりなす。
 本件のように工場建物の損害保険金も物上代位物となり、抵当権の効力が及びます。
2.ところで、民法上の抵当権の物上位の規定によると、抵当権者が保険金請求権が払い渡される前に差押をしなければならないとされています(民法372条・304条1項但書)。そこで、X社が物上代位権を行使して火災保険請求権を差押えたのであるが、差押前にY社が火災保険請求権に質権を設定しているので、このY社の質権とX社の抵当権の物上代位権の行使といずれが優先するかとう問題が生じます。
 この問題については、最高裁判所の判例は出ていませんが、下級審の判例は分かれています。
 第1に、抵当権の物上代位を優先させるという考え方があります。裁判例として、物上代位権の公示方法としては、抵当権の登記で充分であり、両者の優先順位は、抵当権の登記の時と質権の第三者に対する対抗要件を備えた時との前後によって定めるべきだとした地裁判決があります(鹿児島地判昭31・1・25下民集8巻1号114頁)。  第2に、質権を優先させるという考え方があります。
 裁判例としては、上記の地裁判決を取り消した控訴審判決があり、「物上代位権は、金銭その他の物に対する請求権が、差押前に第三者に譲渡せられたときは、最早これを行使することを得ないものといわざるを得ないし、しかも、民法304条第1項但書にいわゆる払渡または引渡は、債権の譲渡又は質入のように、債権をそのまま処分する行為をも包含するものと解すべきであるから保険請求権に対する質権と物上代位権による差押をした抵当権がある場合は、その優先順位は、質権設定の第三者に対する対抗要件を具備した時と、抵当権の場合は、その抵当権の登記をした時ではなく、抵当権に基づく物上代位権による差押の時との前後により決すべきであるとみるのが相当である」と判示しました(福岡高宮崎支判昭32・8・30下民集8巻8号1619頁)。
 ところで、大正12年4月7日の連合部判決では、抵当権者が保険請求権を差押えて転付命令を得たが、それより一週間ほど前に、一般債権者が差押えて転付命令を得た場合には、一般債権者が抵当権に優先すると判示しています。これは、担保物権も物権だから、目的物が滅失するときは、消滅するのが当然であって、したがって、担保権者みずから代位物を差押えその消滅を防止しなければならない。そのことは、民法304条の明文からも明白である。担保権者がみずから差押える前に、他の債権者が差押えて転付命令を得たときは、代位物たる請求権は、譲渡された場合と同様に、抵当不動産所有の帰属を離れるから、物上代位権を行使する余地はなくなるという理論です。この連合判決の理論は、火災保険金の質権と抵当権の物上代位の優劣にも適用されると思われます。従って、連合部判決の理論によれば、質権が優先することになると思われます。
 実務慣行上は、抵当権を設定しますと、抵当権者みずから、あらかじめ抵当物件につけた火災保険請求権の上に質権を設定しています。これは、一つは、抵当権の物上代位では、債権に基づく金が、第三債務者から債務者に払い渡される前に差押しなければならない。差押える前に払い渡されてしまえばそれまでであるという欠陥があります。二つめに、上記連合部判決以後の判例の立場によりますと、他の者が差押転付命令を取得してしまえば、それまでである。後手に廻って抵当権者が差押転付命令をとっても駄目であるという欠陥があります。この二つの欠陥をカバーするもの、それが保険請求権の上の質権の設定であります。X社が完全な債権回収を考えるならば、工場建物に抵当権を設定しただけで満足しないで、同時に建物につけた火災保険請求権に質権を設定しておく必要があります。