破産会社の債権・債務の相殺について


長年の取引先Y社が手形不渡りを出して倒産しました。Y社は自己破産の申立をなして、近々破産宣告を受けるとの噂です。当社(X)はY社に売掛債権100万円がありますが、反対に買掛債務が50万円あります。  そこで、相殺をしたいと思いますが、できますか。また、当社の債権取得、債務負担がいつ発生したものでも、相殺はゆるされるのですか。


1.相殺は魅力的な債権回収です。
 相殺が認められないと仮定しますと、貴社とY社は、別々に請求し執行しなければなりません。それでは不便です。
 また、相殺が出来ないと貴社はY社に対する100万円の債権を破産債権として届出て、債権回収をはかる他ありません。最近の破産配当は10%程度ですから、貴社は10万円ぐらいを回収できるだけです。それに貴社はY社の破産管財人に対し、50万円全額を支払わなければなりません。
 これに反し、相殺が認められますと、相殺して貴社はY社に50万円を支払わなくてもよいことになります。そのうえ、相殺した残債権50万円につき、破産債権として届出て、10%の破産配当5万円を受け取ることも出来ます。
 XY相互に債権を有するときは、両者はその対当額においてすでにその債務関係を決済したように信頼しあっているものでありますから、相殺を認めないと以上のように不公平な結果になるのです。
 このようにX社、Y社別々に請求履行をすることの不便と不公平を除くために、民法は相殺を認めています。
 私が、破産管財人として、破産債権の調査をするとき、どうして相殺をしないのかと思う事例に時たまぶつかることがあります。相殺の知識がない為に債権回収で損をしています。 2.それでは、貴社の債権取得、債務負担がいつ発生してもよいかというとそうはいきません。相殺制度にも限度があります。破産法104条が適用される場合は相殺が禁止されます。
(1)破産債権者が破産宣告の後、破産財団に対して債務を負担したとき(同法1号)貴社がY社に対する100万円の債務を回収する為に、破産財団所属の動産を買受けて、50万円の債務を負担して相殺しようとしてもこれは許されません。
(2)破産債権者が支払の停止又は破産の申立あることを知って破産者に債務を負担したとき(同法2号本文)Y社が支払の停止又は破産の申立をしたことを知って貴社がY社から動産を買受けて50万円の債務を負担して相殺しようとしても相殺出来ません。
(3)破産者の債務者が、破産宣告後他人の破産債権を取得したとき(同法3号) 貴社がY社に50万円の支払を免れる為に、Y社の破産宣告後に、第三者Z社がY社に 対して有している債権100万円を乙社から譲受けて、それで相殺しようとしても、これは許されません。
(4)破産者の債務者が支払の停止又は破産の申立があったことを知って、破産債権を取得したとき(同法4号本文)破産法104条本文は倒産してから慌ててつくった債権取得、債務負担で相殺は許されないと規定していますが、その根拠は倒産したときの破産債権は、すでに実質的価値が下落していますので、このような破産債権に相殺を認めて、全額回収の効果を生じさせることは、他の債権者間との公平を著しく害するからです。
3.前項で、「支払の停止」という言葉を使用しましたが、その意味が一般に分かりにくいと思われますので、簡単に説明をします。
 支払停止とは、弁済期の到来している債務を弁済できない旨(支払不能である旨)を外部に表示する債務者の行為ないし挙動をいいます。
 支払停止の例として、しばしば「夜逃げ」があげられます。 月末(弁済期)に債権者達が債務者の店に集金に行ったところ、債務者は行方もいわず引っ越してしまっている。弁済すべき時に行方をくらます夜逃げは、支払不能を表明する行為と見られますから、支払停止にあたるのです。
 また、手形の支払期日(弁済当日)に当座預金に金を用意しない行為も、支払不能を表明する行為とみられます。手形不渡が支払停止だといわれるのは、このためです。
 ここで、支払停止と似て非なるものに「手形ジャンプの要請」があります。Y社から数日後に迫った月末の手形を落とせないので、2ヶ月先満期の手形にジャンプして欲しいと要請があったとします。
 しかし、手形ジャンプの要請があっても、その手形債務の弁済期はまだ到来していません。
 支払停止は前述したように、弁済期が到来した債務についてだけ生じる現象であります。
 従って、弁済期が到来していない債務について、Y社が手形ジャンプを要請しても支払停止ではありません。
 そこで、貴社がY社から手形ジャンプの要請があって、Y社が近々あぶない事を知ったとしても、手形不渡までの間に破産債権を取得して相殺をしても、これは破産法104条4号に違反せず、相殺は有効となります。手形ジャンプの要請があった時、何がなんでも債権回収をはからなければと、その要請を拒否して、不渡りを出させ、破産配当分しか回収出来ない結果となるよりも、手形ジャンプの要請に応じて手形不渡になるのを引き延ばして、その間に相殺の条件を整えて債権回収の方針をたてるのも賢い方法といえます。